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Hamaguchi Lab.
濵口研究室

― 物質と生命をつなぐ分光物理化学 ―

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研究レビュー 2004年度

(1) 「生命のラマン分光指標」の発見

これまでの研究で、分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe>)生細胞中のミトコンドリアのラマンスペクトルに、未知の分子種に由来する強いバンドを波数1602cm-1に見出していた。GFPでミトコンドリアを標識した試料の測定から、この1602cm-1のバンドを与える分子種は、ミトコンドリアに局在することを証明した(図1)。また、このバンドが、酵母細胞の生命活性を鋭敏に反映することを見出した。そこで、観察中の分裂酵母の培養液にKCNを加えて呼吸を阻害し、その後のラマンスペクトル変化を調べたところ、KCN添加後数分で1602cm-1のバンドが急速に強度を失い、36分後には完全に消失した。一方、同時に観測されるリン脂質のバンドは、最初殆ど変化しないが、その後徐々に幅が広がり、形が崩れた。これらのスペクトル変化は、呼吸阻害によるミトコンドリア内の代謝活性の低下と、それに続くミトコンドリア膜構造の崩壊を示しているものと考えられる。換言すると、これらのスペクトル変化は、呼吸阻害による酵母細胞の死の初期過程を、ラマンスペクトルによって分子レベルで捉えたものである。その意味で、我々は1602cm-1のバンドを「生命のラマン分光指標」と呼んでいる。このバンドを与える分子種はまだ特定されていないが、呼吸鎖中に存在する未知の反応中間体である可能性が高い。この指標の発見により、生命を分子レベルで定量的に議論するための手がかりを得た。

1-7) J. Raman Spectrosc.,35, 525-526 (2004).
Fig. 1

図1.分裂酵母の顕微鏡像(左上)およびミトコンドリアGFP像(右上)とラマンマッピング像。1446 cm-1はリン脂質のバンド。

(2) 電場変調赤外分光法の開発と構造化学への応用

電場変調赤外吸収分光は、外部から印加した電場によって誘起される赤外線吸収スペクトルの変化から、通常の赤外分光では得られない高次の分子情報を得るユニークな分光手法である。例えば、溶液中に存在する複数の化学種を、その双極子能率の大きさに従って分別検出し、それぞれの電気双極子能率の大きさを決定することができる。このような重要性にも拘らず、技術上の困難が大きく、溶液・液体試料の電場変調赤外吸収測定は3000cm-1の高波数領域に限られていた。我々は、分散型分光器をAC結合検出方式と組み合わせた方式により、10-8の微小な吸光度変化を検出することができる新しい装置を開発した。その結果、指紋領域での溶液・液体試料の電場変調赤外分光を可能とした。図2は、この新しい装置によって得られた1,4-ジオキサン中のN-メチルアセトアミドの電場変調赤外吸収スペクトルの角度χ(入射赤外光電場と外部印加電場のなす角)依存性の実験結果である。高いS/N比が得られているので、この角度依存性を特異値(SVD)解析し、1,4-ジオキサン中のN-メチルアセトアミドの単量体および2量体の電気双極子能率を決めることができた。その結果、2量体がhead-to-tail型構造をとることが明らかになった。我々の知る限り、この結果は、溶液中の2量体の構造を実験的に明らかにした初めての例である。

1-9) Appl. Spectrosc.,58, 355-366 (2004).
Fig. 2

図2. 1,4-ジオキサン中のN-メチルアセトアミドの電場変調赤外吸収スペクトルの角χ依存性。

原著論文

  1. Carrier Dynamics in TiO2 and Pt/TiO2 Powders Observed by Femtosecond Time-Resolved Near-Infrared Spectroscopy at a Spectral Region of 0.9-1.5 μm with the Direct Absorption Method. Koichi Iwata, Tomohisa Takaya, Hiro-o Hamaguchi, Akira Yamakata, Taka-aki Ishibashi, Hiroshi Onishi, and Haruo Kuroda,J. Physical Chem. B, 108, 52 20233-20239 (2004).
  2. Femtosecond coherent anti-Stokes Raman scattering spectroscopy using supercontinuum generated from a photonic crystal fiber. Hideaki Kano and Hiro-o Hamaguchi, Appl. Phys. Lett., 85, 19 4298-4300 (2004).
  3. Femtosecond electron transfer dynamics of 9,9'-bianthryl in acetonitrile as studied by time-resolved near-infraredabsorption spectroscopy. Tomohisa Takaya, Hiro-o Hamagushi, Haruo Kuroda, Koichi Iwata, Chem.Phys.Lett., 399, 210-214 (2004).
  4. Intercalation-induced structural change of DNA as studied by 1064 nm near-infrared multichannel Raman spectroscopy. Kenro Yuzaki and Hiro-o Hamaguchi, J. Raman Spectrosc., 35, 1013-1015 (2004).
  5. Discovery of a Magnetic Ionic Liquid [bmim]FeCl4. Satoshi Hayashi and Hiro-o Hamaguchi, Chem. Lett. 33, 12 1590-1591 (2004).
  6. Structure of an ionic liquid, 1-n-butyl-3-methylimidazolium iodide, studied by wide-angle X-ray scattering and Raman spectroscopy. Hideaki Katayanagi, Satoshi Hayashi, Hiro-o Hamaguchi and Keiko Nishikawa, Chem. Phys. Lett., 392, 460-464 (2004).
  7. Raman spectroscopic signature of life in a living yeast cell. Yu-San Huang, Takeshi Karashima, MasayukiYamamoto, Takashi Ogura and Hiro-o Hamaguchi, J. Raman Spectrosc., 35, 525-526 (2004).
  8. Orientational ordering of alkyl chain at the air/liquid interface of ionic liquids studied by sum frequency vibrational spectroscopy. Toshifumi Iimori, Takashi Iwahashi, Hisao Ishii, Kazuhiko Seki, Yukio Ouchi,Ryosuke Ozawa, Hiro-o Hamaguchi and Doseok Kim, Chem. Phys. Lett., 389, 321-326 (2004).
  9. Development of Infrared Electroabsorption Spectroscopy and Its Application to Molecular Structural Studies. Hirotsugu Hiramatsu and Hiro-o Hamaguchi, Appl. Spectrosc., 58, 4 355-366 (2004).

総説・解説

  1. 近赤外分光法、V. 近赤外励起ラマン分光. 閔栄根、伊藤利昭、 濵口宏夫 「分光研究」 53, 5 318-331 (2004).

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