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Hamaguchi Lab.
濵口研究室

― 物質と生命をつなぐ分光物理化学 ―

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研究レビュー 1999年度

(1) "溶媒が介在したビフェニルの光誘起分子間電子移動反応"

光誘起電子移動反応は、多くの光物理・光化学・光生物学的事象において極めて重要な役割を果たしている。最近我々は、光励起されたビフェニルから分子間電子移動が起こり、カチオンラジカルとアニオンラジカルが生成するという新しい光誘起電子移動反応を見出し、その機構を解明した。ナノ秒時間分解ラマン分光により、アルコール中で光励起されたビフェニルから3種の過渡種、最低励起1重項(S1)状態、カチオンラジカル、アニオンラジカルが生成することを見出した。S1状態は励起後(実験の時間分解能内で)直に生成し、9ナノ秒の時定数で消滅する。カチオンラジカルの信号は、励起後約10ナノ秒でピークに達し、その後数100ナノ秒の時定数でゆっくりと減衰する。アニオンラジカルは、さらに遅れて立ち上がり、30ナノ秒で最大濃度となり、カチオンラジカルよりも早く消滅する。このような時間挙動は、スキーム1に示したような溶媒を介した分子間電子移動反応により合理的に解釈できる。すなわち、光によって生成したS1状態は、自発的に電子を放出し、その結果カチオンラジカルと溶媒和電子が生成する。電子は溶媒中を拡散し、基底状態のビフェニル分子と出会ってアニオンラジカルを生成する。アニオンラジカルはカチオンラジカルとの再結合により消滅し、カチオンラジカルはアニオンラジカルおよび溶媒和電子との再結合により消滅する。したがって、カチオンラジカルの方が励起後長い時間存在する。この溶媒介在型電子移動反応の動力学は、溶媒の特性に対して顕著な依存性を示す。S1状態の自発的イオン化は、溶媒の極性とその揺らぎによって支配されると考えられ、電子の拡散の速度は溶媒の電子親和性とある種の運動特性を反映しているものと思われる。これらの点をさらに詳しく調べることにより、ミクロな視点からの溶液内化学反応機構の解明が一歩前進するものと期待される。

J. Chem. Phys., 110, 9179-9185 (1999)
Scheme 1

Scheme 1

(2) "時間分解赤外分光による室温溶液中のカルベン中間体の検出と1重項/3重項エネルギー差の決定"

当研究室で開発したナノ秒時間分解赤外分光装置を用いて、カルベン中間体(2-naphthylcarbomethoxy-carbene)の赤外吸収スペクトルを測定した。これは、室温溶液中でのカルベン中間体の赤外吸収スペクトルの初めての測定例である。この仕事は米国Johns Hopkins大学化学科 (Professor John Toscano)との共同研究により行われた。時間分解赤外分光を用いてmethyl 2-diazo-(2-naphthyl) acetateの光化学反応の機構を研究する過程で、2種のカルベン中間体、1カルベンと3カルベンを検出することができた。2つのカルベン中間体は同じ時定数で減衰し、これらが熱的平衡状態にあるを示している。また。この時定数は、生成物であるketeneの立ち上がりの時定数と一致した。このことから、keteneはカルベン中間体経由でのみ生成し、methyl 2-diazo-(2-naphthyl) acetateの励起状態は反応に寄与しないことが明らかとなった。また、既存の低温マトリックス中での赤外強度データを参照し、Freon-113中での2つのカルベン中間体の平衡定数と自由エネルギー差を求めることができた。その結果、 3カルベンが1カルベンより0.2+-0.1 kcal/molだけ小さな自由エネルギーを持つことが明らかとなった。このように、室温溶液中のカルベンの1重項/3重項エネルギー差が初めて実験的に決定された。この研究により、有機光化学の構造的機構研究において、時間分解赤外分光が極めて協力な武器となることがさらに実証された。

J. Am. Chem. Soc., 121, 2875-2882 (1999)

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