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Hamaguchi Lab.
濵口研究室

― 物質と生命をつなぐ分光物理化学 ―

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研究レビュー 1997年度

(1) "光励起分子のピコ秒エネルギー散逸 -溶質/溶媒相互作用の分子論-"

励起分子からのエネルギー散逸過程は、溶液中の化学反応において極めて重要な役割を果たす。化学反応により生成した"ホット"な生成物は、エネルギーの散逸により、安定な最終状態に到達することができる。もし、エネルギーの散逸が十分に速く起らないと、"ホット"な生成物はエネルギー的に等価な活性錯合体や反応物に逆戻りしてしまう。我々は、光励起により余剰エネルギーを持って生成するS1 trans-スチルベンの、さまざまな溶媒中でのエネルギー散逸過程を、ピコ秒時間分解ラマン分光法によって調べた。ラマンシフト1570cm-1に観測されるC=C伸縮振動のバンドが温度の正確なマーカーとなることを見い出し、これを用いて光励起後0から70ピコ秒の時間領域におけるS1 trans -スチルベンの冷却ダイナミクスを調べた。熱拡散方程式を用いた解析により以下のようなエネルギー散逸の分子論的モデルが得られた:光励起により溶質であるS1 trans -スチルベンに与えられた余剰エネルギーは、3ピコ秒以内に第一溶媒和圏にある溶媒分子に移動し、次に通常の熱拡散により、10から15ピコ秒の時定数(溶媒の熱拡散定数で決まる)でバルクの溶媒分子へと散逸して行く(図1)。励起直後の温度上昇から見積もった第一溶媒和圏にある溶媒分子数は5(溶媒の振動、回転、並進の自由度を考慮)から12(回転と並進の自由度のみを考慮)である。

J. Phys. Chem. A 101, 632-637 (1997)
Fig. 1

図1: 溶質-溶媒相互作用と余剰エネルギーの散逸

(2) "2次元マルチプレクスCARS分光によるジフェニルアセチレンの新しい光異性化反応"

ジフェニルアセチレンは近接した複数の励起一重項状態を持ち、それらの間の相互作用は、電子励起分子における電子状態間の強い相互作用のモデルとして、実験的にも理論的にも強い興味の対象となっている。我々は独自に開発した2次元マルチプレクスCARS分光法を用い、これらの励起状態の構造に関する情報を得た。良好なS/N比のピコ秒時間分解CARSスペクトルが得られ、S2状態とS1状態の分子振動数が求まった。S2状態の中央の炭素-炭素伸縮振動数は2009cm-1で、この状態の構造がC≡C三重結合を持つ直線形であることを示している。一方、S1状態のスペクトルには、C≡C三重結合伸縮振動の領域にバンドが観測されなかった。同位体置換種に関する実験と、2モードのみを考慮した基準振動解析から、S1状態における中央の炭素-炭素伸縮振動数は、〜1570cm-1であることが明らかとなった。この振動数は、S1状態の中央の炭素-炭素結合が三重結合ではなく、(非直線形構造の)二重結合であることを示している。つまり、S1状態のジフェニルアセチレンはアセチレンではない。ジフェニルアセチレンのS2状態からS1状態への内部転換は、1200cm-1のバリアーを持つという特異性を示すことが知られている。今回の研究結果は、この過程が直線形(S2状態)から非直線形(S1状態)への大きな構造変化をともなう、異性化過程であることを示唆している(図2)。この仮設は、経験的分子軌道計算の結果とも一致し、かつこれまで報告されていたジフェニルアセチレンの数々の特異な光物理的性質を良く説明する。

Chem. Phys. Lett., 264, 551-555 (1997)
J. Phys. Chem. A 102, 2263-2269 (1998)

Fig. 2

図2: ジフェニルアセチレンの光誘起ダイナミクスと新しい異性化反応

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