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Hamaguchi Lab.
濵口研究室

― 物質と生命をつなぐ分光物理化学 ―

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研究レビュー 1998年度

(1) "レチナールの超高速光物理・化学過程"

レチナールの光異性化反応は、量子収率や生成物の異性体分布が顕著な溶媒依存性を示す。中間状態である電子励起状態と溶媒の相互作用が、反応の経路をどのように支配しているのかという大変興味深い問題がここに提起されている。我々は、フェムト秒時間分解可視・紫外吸収分光を用いて、無極性溶媒であるヘキサン中の全トランスおよび9-シスレチナールの光異性化反応を調べた。全トランス体の時間分解可視吸収スペクトルには3つの異なる励起一重項状態、S3、S2、S1が観測され、そのダイナミクスが求められた。時間分解紫外吸収スペクトルに現われる基底状態の回復ダイナミクスから、S2状態を経由した新しい異性化反応経路の存在が明らかとなった。9-シスレチナールの時間分解可視吸収スペクトルにも、3つの励起一重項状態が観測された。これらの結果と、すでに知られている最低励起三重項状態を経由した異性化経路を併せ、図1に示すようなレチナールの光物理・化学過程の全体像が得られた。最近行ったブタノール中の実験から、S2状態の全トランスレチナールが溶媒のブタノールと強い水素結合が形成することがわかり、アルコール中で観測される量子収率や生成物分布の溶媒効果をよく説明する結果が得られた。

Chem. Phys. Lett., 287, 694-700 (1998)
J. Chem. Phys., 109, 1397-1408 (1998)
Fig. 1

図1: 溶質-溶媒相互作用と余剰エネルギーの散逸

(2) "溶媒効果を微視的に捉える"

溶液中で起こる多くの興味深い現象が、「溶媒効果」という言葉で一括りにされている。しかし、「溶媒効果」自身が多くを語るわけではなく、むしろその中味を明確にして行くことが現代の物理化学の中心課題の一つとなっている。典型的な溶媒効果の一つであるパラ-ニトロアニリン(pNA)のソルバトクロミズムは、溶媒の極性にしたがったpNA分子の電荷移動特性の変化によるものとして説明されている。我々は、アセトニトリル(AN)/四塩化炭素(CCl4)混合溶媒中で、pNAがどのようなソルバトクロミズムを示すかを紫外吸収分光により調べた。予測どおり、AN濃度の変化による顕著なスペクトル変化が観測された。しかし、このスペクトル変化を特異値分解解析すると、混合溶媒中には3つの異なるpNAの溶媒和構造、すなわち1:2型、1:1型、1:0型(図2)が存在するという予期しない結果が得られた。これらの3種の溶媒和構造は、異なる度合の電荷移動を反映して、それぞれ異なる吸収スペクトルを与える。したがって、巨視的な極性という概念で、AN/CCl4混合溶媒中のpNAのソルバトクロミズムを説明することはできないことがわかった。純粋なAN溶液中では、1:2型と1:1型のみが存在する。400nmのフェムト秒パルスを用いると、1:2型のみを選択的に光励起することができる。その後のダイナミクスをフェムト秒時間分解紫外吸収分光で調べたところ、励起後直ちに(時間分解能300fsより速く)1:2型が解離し、その後700fsの時定数で再結合が起こり、1:2型が生成することがわかった。このように、pNA/AN/CCl4系は、「溶媒効果」を、溶質/溶媒複合体あるいは溶質/溶媒超分子の構造とダイナミクスの観点から理解するための格好なモデルを与える。

Laser Chem., 19, 329-333 (1999)
Bull. Chem. Soc. Jpn.,A 72, 389-395 (1999)
Fig. 2

図2: AN/CCl4混合溶媒中のpNAの3種の異なる溶媒和構造

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