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Hamaguchi Lab.
濵口研究室

― 物質と生命をつなぐ分光物理化学 ―

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分光学の要素

分光実験の4要素

Newtonがガラスプリズムで太陽光を虹の7色に分けた人類最初の分光実験では、光源は太陽、分光器はガラスプリズム、検出器は眼であった。ここでは、光源、分光器、検出器にデータ処理系を加えた、分光実験の4要素について考察する。分光実験が完結するためには、データの正しい評価が不可欠である。Newtonの実験でも、眼という検出器の後に脳という極めて優れたデータ処理系が控えていて、脳が虹の7色を認識し、その意味を解析したことによって、はじめてその意義が確立したのである。以下、これら4要素について概説するが、詳細は以下に続く各論や成書1)を参照して頂きたい。

a.光源

光源は、外部から与えられた電気エネルギーにより物質を励起し、その励起状態から放出される光を分光系に供給する。光放出の機構には、自然放出と誘導放出がある。自然放出光源から射出される光には、可干渉性(coherence、コヒーレンス)がない。即ち、2つの異なる自然放出光源から出る光を重ね合わせても干渉しない。紫外・可視用のタングステンランプ、水銀ランプ、ハロゲンランプなどの各種ランプ、赤外用の高温酸化物発光体などがこの範疇に属する。これらの光源は広い波長範囲にわたって発光する連続光源であり、吸収スペクトルを測定するための光源として用いられることが多い。

誘導放出を用いる光源がレーザー(light amplification by stimulated emission of radiation、LASER)光源である。レーザー光は可干渉性を持ち、2つのレーザー光を重ね合わせると干渉する。時間的に連続発振する連続波(continuous wave、cw)レーザーと、一定時間のみ発振するパルスレーザーがある。可干渉性以外のレーザー光の特質として、1)高強度、2)高輝度、3)単色性、4)高速性、5)高偏光度があげられる。ただし、エネルギーと時間の不確定性に対応して、同時に実現できる単色性と高速性には限界がある。レーザー光源は、分光用光源としてまさに理想的なものであるので、現代の分光学の必需品となっている。パルスレーザーによって誘起される種々の非線形光学効果により発生する2次光も分光光源として使われる。

シンクロトロン軌道放射光(synchrotron orbital radiation、SOR)は大掛かりな施設を必要とするが、とくにx線の領域で優れた分光光源となる。

b.分光器

分光器は、光学フィルター、分散型分光器、フーリエ変換型分光器の3種類に大別することができる。

光学フィルターは、光の強度や波長特性を調節するための光学素子または光学装置である。光の強度を調節する光学フィルターはNDフィルター(neutral density filter、NDF)と呼ばれる。光の波長特性を調節するフィルターにはバンドパスフィルター(band pass filter、BPF)、ハイパスフィルター(high frequency pass filter、HPF)、ローパスフィルター(low frequency pass filter、LPF)があり、それぞれ図1に示すような透過曲線を持つ。

Fig. 1

図1: 光学フィルターの透過曲線

分散型分光器は、入射光を回折格子やプリズムによって分散させ、波長分解された光を出射する。可視・紫外領域で最も普通に使われるCzerny-Turner配置の回折格子分光器の構成を図2に示す。入射光は、入口スリット(S1)に焦点を置く球面コリメーター鏡(M2)により平行光に変換され、回折格子(G)に入射する。回折格子によって、波長に依存した角度で回折された平行光は出口スリット(S2)に焦点を置く球面カメラ鏡(M2)によって出口スリット上に結像される。回折格子の刻線数、カメラ鏡の焦点距離、入口および出口スリット幅で決まる波長範囲の光のみが出口スリットから出射される。

Fig. 2

図2: Czerny-Turner配置の回折格子分光器

分散型分光器を、その使用目的によって単色計(モノクロメーター、monochromator)と多色計(ポリクロメーター、polychromator)に分類する。単色計は、図2の例のように、入口スリットと出口スリットを備え、出口スリットを通ってでてくる特定波長範囲の光のみを出射する装置である。出口スリットの後に検出器を置き、回折格子を回転させて出射波長を変えながら光の強度を検出し、時間の関数としてスペクトルを得る。この場合、ある1時刻で得られるスペクトル情報は、ある単一波長での光強度であり、その意味でシングルチャンネル検出と呼ばれる。多色計は、波長分解された入口スリットの像を同一面(焦点面)上に作り、マルチチャンネル検出器(後出)で同時に検出することができるよう設計された分光器である。多色計では、球面鏡の代わりに特別の曲面を持つトロイダル鏡が用いられ、またカメラ鏡のサイズをコリメーター鏡より大きくして、同時に多波長の光を結像できるように設計してある。したがって、単色計の出口スリットをとり外したものイコール多色計ではない。もちろん出口スリットをとり外した単色計を多色計として援用することはできるが、光量の損失、分解能の低下やスペクトル形の歪などを伴う。

フーリエ変換型分光器は、光の干渉波形(インターフェログラム、interferogram)を空間あるいは時間の関数として観測し、それをフーリエ変換することによってスペクトルを得る装置である。フーリエ変換型分光器に最もよく用いられるMichelson干渉形の構成を図3に示す。光源Sからの光をレンズで平行光とした後、ビームスプリッター(BS)により2分し、一方を固定鏡(M1)、他方を可動鏡(M2)で反射させた後、再び重ね合わせて検出器(D)に導く。可動鏡を光軸にそって掃引しながら、検出器上の光の強度を記録すると干渉波形が得られる。このとき、参照用レーザー光の干渉波形を同時に観測し、可動鏡の位置を校正する。可動鏡の掃引を連続的に行う連続掃引型と段階的に行うステップ掃引型がある。

Fig. 3

図3: Michelson干渉計の概念図

干渉波形を時間の関数として観測する手法は、ラジオ波領域のフーリエ変換核磁気共鳴(NMR)分光で用いられている。この手法では、パルス磁場によって生じた磁化からの自由誘導減衰波の干渉波形を時間の関数として観測し、それをフーリエ変換することによって、スペクトルを得る。赤外、可視・紫外領域で超短パルスを用いて行われる時間領域ポンプ-プローブ分光も、干渉波形を時間軸に展開したフーリエ変換分光とみなすことができる。

分散型分光器とフーリエ変換型分光器の性能比較は実用上重要である。詳しい議論は文献2)に譲るとして、ここでは両者の利害得失の概略をまとめておく。一般論として、CCDなどの高感度マルチチャンネル検出器が利用できる紫外・可視領域では分散型分光器が優位にあり、そうでない赤外領域では、現時点ではフーリエ変換型分光器が優位にある。広範囲のスペクトルを一度の測定でカバーしたい場合はフーリエ変換型分光器、限定された波長範囲で繰り返し測定する場合には分散型分光器が有利である。極限的な分解能、波長精度を追求する際にはフーリエ変換型分光器が、極限的な感度を追求する場合には分散型分光器がより優れた実績を有している。今後、新しい検出器の登場や分光器の駆動精度の向上によってこの状況は変化して行くものと思われるが、分散型分光器は「光でフーリエ変換を行う究極のフーリエ変換型分光器」であると考えることもできるので、両者を区別する必然性は高くないのかも知れない。

c.検出器

人間の眼はそれ自身極めて高度な光検出器である。写真乾板は分光学の発展の初期段階で光検出器として多用され、x線領域では現在でも使われている。以下では、光強度を電気信号として出力する検出器について述べる。

最も多く使われるのは、光電効果を利用する検出器で、外部光電効果型と内部光電効果型がある。外部光電効果型の検出器は、入射光子によって光電面(仕事関数の小さなアルカリ金属などの薄膜)から電子を真空中に放出させ、その電子を直接あるいは増幅した後に検出するもので、x線、可視・紫外領域で用いられる。光電子を直接検出するのが光電管であり、二次電子放出によって106倍程度に増幅した後に検出するのが光電子増倍管(フォトマル、photomultiplier)である。光電子増倍管を用いると、1個の光電子の信号を、106程度の電子からなるパルス電流として取り出すことができる。この電流パルスを計数する(光電子計数法、略して光子計数法)ことにより、単一光子レベルでの高感度な光検出が可能になる。

内部光電効果型の検出器は、光による半導体中の電荷分離を利用するもので、x線から赤外の広い領域で用いられる。電荷分離によって生じた担体による電気伝導度の変化を検出する光導電型と、電位差を検出する光起電力型がある。最も典型的な光起電力型の検出器は、いわゆるフォトダイオード(photodiode)で、光吸収による電荷分離によって半導体のPN接合の両側に生じる電位差を検出する。電荷結合素子(charge coupled device、 CCD)では、電荷分離によって生じた電荷を、外部から加えたポテンシャルで閉じ込めて蓄積し、そのポテンシャルを移動させることによって入射光量に比例した蓄積電荷を取り出す。

熱に変換された光エネルギーを電気信号として取り出す熱電対、ボロメーター、焦電素子などの検出器は、赤外から遠赤外領域で用いられる。

光検出器は、その空間分解能の有無によって、シングルチャンネル検出器とマルチチャンネル検出器に分類される。シングルチャンネル検出器は単色計と、マルチチャンネル検出器は多色計と組み合わせて用いられる。光電管、光電子増倍管、フォトダイオードはシングルチャンネル検出器である。マルチチャンネル検出器には、1次元検出器と2次元検出器がある。1次元検出器の例は、リニアフォトダイオードアレイ(photo diode array、PDA)であり、2次元検出器の最も典型的なものはCCDである。PDAやCCDにマイクロチャンネルプレート(microchannel plate、MCP)による電子増倍機能を付与したものがIPDAやICCDであり、マルチチャンネル検出器でありながら光子の計数が可能である。現代の分光学では、マルチチャンネル検出器の使用が一般的となってきている。

d.データ処理系

どんなに貴重なスペクトルでも、その信頼度が低ければ価値が半減する。的確な条件のもとで測定されたスペクトルの信頼度は、縦軸(光強度)と横軸(波長、波数、エネルギー)の確度によって決まる。縦軸の確度は、光源の波長特性や発光強度の安定度、分光器の波長特性、検出器の感度の波長特性や直線性など、様々な要因によって決まる。標準電球など強度分布が既知の光源を用いて感度曲線を実験的に求め、それを用いて実測スペクトルを感度校正することが必要である。横軸に関しても同様に、波長が高い確度で決定されている標準ランプ(1次標準)や、スペクトル線の波長が既知の標準試料(2次標準)のスペクトルを参照して波長校正をすることが必要である。校正用標準スペクトルは、実験結果の一部として、試料のスペクトルと一緒に保存されることが望ましい。

引用文献

  1. 工藤恵栄、分光の基礎と方法、オーム社、1985.
  2. 南 茂夫著、平石次郎編、フーリエ変換赤外分光法:化学者のためのFT-IR、第1章、学会出版センター、1985.

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